2012年7月13日金曜日

白浜 なごみ(和) もえ(萌) 遊びに来る 2012.7.13 fri.

なごみ(和) もえ(萌) 5時になったのでママに電話

5時30分まで遊んでいい と いわれた

パイプを回す もえ

パイプは雨どい用

なごみ も パイプ回し じょうず
あしたから3連休の下校時、ランドセル(黒)をせおって、水泳用バッグを持った、なごみ(和)一年生が、植木のすきまから見えたので、外にとびだして、<なごみ!>とさけぶ。

庭に来たなごみに、いましていたことを説明すると 何かを考える表情。 すると、<荷物をおきにかえって、また、くる>と。

しばらくすると、なごみが一人でやって来た。
雨どいをつけるじゅんびをしながら なごみと話していると、<なぞなぞ>を見に、下校の子どもが つぎからつぎへと やって来た。

<六 歯をなおすのが得意な動物は?>
<七 パンはパンでも しらんぷりしている
 パンは ?>
新しい なぞなぞ を 考えている子どもたちの 表情は おもしろい。

ヒント、きみの家の近くに歯医者さんない?
アル。
なんていう歯医者さん?
のなか。
のなか、なんていうの?
のなかクリニック。

あれ?歯医者さんやで、クリニックていうの?

そう のなかクリニック。

じゃあ、きみの家の近くの歯医者さんは?

う~ん しらん。

<歯科医院>がなかなか 出ない。
のなか歯科医院 と いうてくれたら ヒントになったのに。

もえが やってきた。
もえは 六年生なので、雨どい作りを手伝ってもらう。

275cmに切断した樋を 庇につけるために はしごに登ってもらう。


2012年7月10日火曜日

白浜温泉 江津良浜 夕暮れ  2012. 7. 10

19:26 露出1/30 江津良浜

江津良浜

19:36 1/6秒 江津良 波打ち際

0.8秒  江津良の海

2012年7月9日月曜日

白浜温泉全景 グリーンヒル 2012.7.9

15:00 円月島 白良浜 湯崎

御船山 権現崎

白良浜 

円月島 臨海

2012年7月8日日曜日

白浜温泉 夏 瀬戸 円月島 塔島 あさ6:30 2012.7.8.


波にむかって石を投げる幼女 臨海浜
飛んだ石は 人差し指の左よこに見える
7:05
快晴の朝7時 臨海浜に人の姿が見えたので こんなに早く・・・ と思いながら近づくと
瀬戸港 樹木は三船山 6:30

幼女と父 臨海浜  7:06
 しゃがんでいる 幼女と父さんであった
後から 声をかけて カメラを見せながら 
承諾をこうと 肯定ののうなづき
写真は 人がはいると 物語が生まれる

円月島 洞の左に人がいる 6:32 

円月島の前に 人がいる ボードの上に立ちパドルでこぐと
すいすい 進んでいた 6:33

円月島にのびる 補強の道 6:49

円月島 の 東側にのびる 運搬用ロープ 6:52

塔島  江戸時代には 洞穴が三つある 島だった 7:06


2012年7月2日月曜日

白浜 円月島 白良浜 塔島 2012年夏

2012.06.28 18:58 円月島 番所山に沈む夕日 
白浜の海はうつくしい
とくに 円月島は うつくしい

2012.06.28 19:13 塔島 臨海浜
臨海へ回ると 塔島が うつくしい
とくに 夕暮れ時が うつくしい

2012.07.02 6:15 白良浜の朝 早くも家族で水あそび
白浜に来ると 朝6時から もう水遊び
朝の白良浜 あしあとは まだついていない

白良浜 水遊び
白浜では ワルがいないので どこを歩いても安全
夕暮れ時でも 深夜でも どこを歩いても安全

6:39 円月島 臨海 (権現崎から)

6:43 円月島 臨海 (瀬戸から)

7:01 円月島

7:19 塔島 臨海浜

2008年3月9日日曜日

温泉津温泉 松溪山の作品 沢陶器店




先週にひきつづいて温泉津温泉を訪れた。松溪山の陶器を写真に収めておきたかった。
温泉津までは100km未満なので、etcの時間割引が効いて半額になる。だから9時までにetcを通り、17時過ぎてからetcを出るようにした。朝霧が濃い日だったが案の定、時間が経つにつれて快晴になり温度が上がってきた。
温泉津の沢陶器店には相変わらず人がいなかった。松溪山の陶器がどれかは、先週店のお婆さんに教わっていたから、人がいなくてもよかった。少し気が引けたが、急いで陳列棚の前に立ち、カメラで撮影した。
松溪山の焼き物を絶賛したお婆さんの言葉:「この色をみてください。夕焼けのような赤みのなかに、光の帯が幾筋も下に向かっているようでしょ。」
それがこの夕焼け空の色をしたお椀。大きさは両手で持つと少し余るくらい。色の深みと、光の線が、落ちついた華やかさをにじませている。
糸底の美しさを写せなかったことが心残りだが、それは次の機会にとっておこう。

2008年3月2日日曜日

温泉津(ゆのつ)温泉の陶芸家 松溪山(山本梅雄)

石見銀の積出し港 温泉津(ゆのつ)の温泉街に沢陶器店という小さな店がある。
ふらりと立ち寄り、中に入ったが誰もいない。ガラス棚の中をのぞいていると、いつのまにか小柄なお婆さんが橫に立った。物腰と表情からしてこの店の人だと思われた。一つ一つをゆっくり見ていた私は、何か聞いてみなければ、と思い、「この黒いお椀は丼用ですか」と聞いた。丼にしては小さかったからだ。「どんぶりでもいいですし、お好きなように」 「この花皿は食べ物用か、飾り用かどっちですか」「これもどちらでもお好きなように」
 これが話の発端だった。お婆さんはガラス棚を指さして細長い水差しを示しながら「これはちょっと変わっています。持つところが羽になって、觜から水が出ます。頭が鶏で、水切れがよくて垂れません」「もう亡くなりましたが、その人の作品です」「値段はどれくらいしますか」「これは3万円です」
 ガラス棚を回って隣の棚に私を導きながら「これもその人の作品です」と小さなぐい呑みを出して見せた。「この色をみてください。夕焼けのような赤みのなかに、光の帯が幾筋も下に向かっているようでしょ。この形が特徴です。口にあてるところが少し開いて口に当たりやすくなって、底に手を添えると、細かい土を選んでいますから、ざらざらしていません。温泉津の土の特別細かい土を自分で取りに行ってそれで作っています」糸底を私に示しながら、糸底をさわれという。灰色の糸底は肌のように滑らかだった。
 亡くなったという人の名を聞くと、「しょうけいざんという人です。松のしょう、けいはさんずいに谷の溪、松溪山と書きます。私は87歳ですが、私より7つ下で、癌が来ました。江津の病院に入院していましたが、ここまでタクシーで帰ってきて、すぐに窯に火を入れなければ、と元気でした。七日後に亡くなりました」
 ぐい呑みの美しさに惹かれて「この値段はどれくらいですか」と聞くと「売れないんです。もうこれだけしか残っていなくて」 そういうと、これも、これもとガラス棚から松溪山の作品を出して見せてくれた。裏返して底をみると、みな「非売品」と書かれた値段票が貼ってあった。
 「ここに並んでいる壷の中に一つだけ松溪山のものがあります。どれかあててみてください」 
 フタ付きの梅干し壷のようなものが五つ六つ並んでいた。一つ一つに顔を近づけてみたが、どれか見分けが付かなかった。
 すると、「これを手にもって重さを見て下さい」と指さされた壷を両手に持つと、びっくりするほど軽かった。胴回りのふくらみが土星の輪のように丸く張っていた。フタを取って中に指を入れ厚みを見てみた。数ミリしかない。
 「これと比べてみてください」 
 橫の同じような壷を持つと、その重いこと。厚みの厚いこと。
 「ここで生れ育って、焼き物ひとすじの人でした。どこにもない色と形を創り出したと思います」
 もしかするとこのお婆さんの御主人?と頭をよぎったが、そう感じさせる表情を見せなかった。
 この温泉津焼の陶芸家、松溪山の名は山本梅雄という、とお婆さんは教えてくれた。
 「これと同じ壷を店に置きたいと、土地の窯元に頼んでも、これだけのものは造れませんといいます」
 私は目の前の壷が欲しくなった。梅干し、辣韮、たくあん、塩昆布。そんなものを入れておくのに丁度いい。
 「これは値段はどれくらいですか」と聞いてみた。お婆さんは「1200円に消費税で1260円です」という。
 一つしかない遺作であるのに、惜しげもなく売ってくれる幸運に感謝しつつ、私はすぐに支払った。
 それがこの沢陶器店である。