榎原先生 美的な筆跡(左頁) 10月3日(月)晴 |
ガラガラと大きな音をたてて扉を引き開け、ガシャンとまた大きな音をたてて扉を閉める。音は廊下を伝わって二つ三つ向こうの教室にも聞こえていた。どの教室も「道徳」だから大きな音は迷惑なはずだったのに、榎原先生は平気で大きな音を立て教室に入って来た。僕たちにとって緊張の瞬間だった。
英語や数学、国語などの先生は、チョークを持ち、辞書を手に、そして出席簿をかかえて入ってくるのに、榎原先生はいつも手ぶらだった。ジロッと見わたされるだけで、僕たちは背筋を伸ばした。
榎原先生の言葉はいつも難しく謎めいて哲学的だった。荒々しい声がよけい僕たちを
迷わせた。
日記の到る所に榎原先生のことが書かれている。ぼくにとって10月3日の「道徳」について書いた日記は、忘れることができない思い出となっている。
ぼくが榎原先生の「道徳」の感想を日記に書いたところ、榎原先生は、青インクの万年筆で所見を書き込んでくれたからだ。
榎原先生が使う万年筆は、忘れもしない、胡瓜と同じくらい太いもので、軽くにぎるだけで書くのを見た。つまり、万年筆の重さを手にもたせかけたまま、紙の上をすべらすだけで書くのだ。
榎原先生の万年筆で書かれた所見:
「うれしいことをいってくれる 俺はそういう人になりたいとも思い そうとも思わぬ
やはりおれはおれである ほんもののおれになりたく いよいよ勉強です
まだまだ しかし いつかわ何かをつかもうと 努力しよう
君も」
ぼくが書いた道徳の時間の日記:
「僕は毎週月曜日の道徳の時間が好きになっている。
榎原先生の話を聞く時は、みんなし~んとして、ちゃんと座っている。
きゅうくつな感じがするけれども、僕の気持とみんなの気持が、一緒みたいに思え
たのもしい気もする。
今日は「習は性を生じる」ということを教わった。「体教」「自力本願」ということばも 出て来た。
先生はお経というものが好きらしい。僕は好きではないけれども、興味はある。
僕は先生を「沢庵和尚」「本阿弥光悦」「柳生石舟斎」「愚堂和尚」「柳生但馬守」等
色々の人と思っている。」
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榎原先生の筆跡:
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榎原先生の筆跡 宿題を出された 11月6日(日)晴 |
「○ 色々と考えてみること
○ そして それを考えなおしてみる 何とおりにも
○ それは 書いてみること 書いてみて これを読んだ人は 自分の感動を
実感として そのまゝ 受けとってくれるだろうか わかってくれるだろうか」
「宿題
○ “考えることはよい でも考えにおぼれてはいけない” について
11月6日のぼくの日記:
「今日10時に上六へ集まり臨時特急へ乗った。八戸ノ里から花園あたりへくると、
白浜のように空気がすんでいた。僕は大変気持がよかった。
僕はあやめ池は京都の方にあると思っていたけれども、近鉄奈良線だった。
奈良へ着くと大変な人出で混雑していた。僕等は先に正倉院展へ行った。
約百点の品々は、奈良天平文化時代の物で、710年から760年ぐらいの物だった。
税金、納状、の字などは今のと変わりがなかった。今から1200年前の字が、今と
同じだと思うと、変な気がした。
そこから若草山へ行った。そうして弁当を食べて遊んだ。
今日一日はまったく気の晴れ晴れとした、いい日だった」
榎原先生はぼくに釘をさした。
榎原先生はぼくに釘をさした。
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