この合宿を真に支えたのは、各県から参加した選手の母親のみなさんであった。朝、昼、晩の食事の準備と後片付けの大変さは、流れる汗をぬぐう、ポッと上気したピンクの頬を見ればすぐに分かった。
真冬の厳しい練習を終えて食べる選手達の歓声は食堂に「ぐわん、ぐわん」と響いた。ドライスーツを脱いで服に着替えて食堂のイスに座る選手は、びっくりするほど幼く見えるものである。
充実感と安心感にあふれた天真爛漫な表情で、天井を突き抜けるような笑い声をあげているからだ。
松山氏は、セーラーとしての実力のみならず、人間一般を見抜く洞察力の鋭さとその的確性をもつ。そして、指導においては力強さと弾力にとむ柔軟性をもち、滋味あふれる温かさと押しつけでない厳しさをもち、底知れないパワーを秘めた体力で迫る圧倒的な迫力をもち、豊かな表現力が発する軽快なユーモア精神と完璧に納得させてしまう説得力をもつ。
だが、なんといっても一番は、セーリングへの情熱がほとばしり出ていることである。子どもセーラーはもちろん大人の指導者までも、唐津に集まる人々は誰でもその魅力にとりつかれる。
海上でのコーチぶりは見るものを驚かせる。息つぐひまのない緊張感をセーラーに持たせながら、巧みに向上心を刺激するコーチングの妙は、世界の誰にもまねすることができないものである。
セーラーやそのコーチたちは、ジャパンのユニホームを誇らしげに着ていて、何とはなしの威圧感と違和感を感じるものだが、松山氏の着ているものといったら、25年前に流行していたアディダスのうす緑色のウインドブレーカー(腕に3本の白い横線がある)と、脚の外側に縦の3本線が入ったオレンジ色のパンタロンのジャージ(色はくすんで、ぞうきんのよう。まだもっていたの、という代物)で、おかしくて楽しくてナントもいえない味をかもし出す。
重氏もしかり。防寒用の手袋は、安物の作業用のゴム手袋で、色がピンクなのがかわいく、首に巻いた毛糸のマフラーは、自分で編んだにちがいない。だから子どもたちはいつもまとわりついて離れない。
サーキットトレーニング
昨年に増して陸上トレーニングの充実に力が注がれた。今年導入されたのはサーキットトレーニングである。10種類の運動を30秒ずつ行い(1セット)これを3セットくりかえす。
10種類の運動をする場所には重、アリーシアさんをはじめ10人の指導者が待機して、声をかけ励ます。怠けたり自分に妥協していいかげんにするセーラーは、罰のランニングと腕立て伏せが待っている。
サガの朝7時はまだ真っ暗。玄界灘を吹き渡ってくる風は身を切るように冷たい。合宿の日が重なるにつれ筋肉が張り疲れもたまる。だが、ねをあげるセーラーは誰一人いなかった。ねをあげるどころか、7時の集合に遅れまいと暗闇のなかに飛び出していく8歳の女子は、
「さあ、トレーニング、トレーニング」と、まるで楽しいことが待っているように、あわてて着た上着のファスナーをあげながら、かけ足でグラウンドに走り去ったものである。
グラウンドに行けば松山氏がメガホンをもって待っている。重、アリーシアさんが、もうグランドを走っている。だからみんなふとんを飛び出して行くんだ。
練習方法
48艇を効率よく指導するために、A(10艇)、B(10艇)、C(10艇)、D(10艇)、E(8艇)の5クラスに分けられた。
分け方は午前の練習、午後の練習の最初にクラス分けレースをおこない、1位から10位がAに、
11位から20位がBに、21位から30位がCに、31位から40位がDに、41位以下がEに配属された。
指導者はA(松山氏)B(中川さん)C(重氏)D(黒瀬さん)E(アリーシアさん)。
セーラーはレース順位によってクラスが決まるから必死である。午前はAに入ったが午後はCで練習という選手、また、その逆もいて、広い練習海面一杯にひろがった5つのグループにおいて迫力ある練習が展開された。
練習メニュー
1)フォローザリーダー:コーチボートの後ろについて一列に帆走)
2)360度、720度の回転、右回転、左回転
3)タッキング、ジャイビング、ラフィング、ベアリング
4)サークリング (他艇のスターンを追い、円をえがいて帆走)
5)プレーニング
練習レースのフィニッシュラインに待機したコーチボートは、自分のグループの10人がフィニッシュすると、すぐにフォローザリーダー態勢をつくって練習海面につれていく。
小学低学年のビギナーの選手までも、もたもたすることなくアリーシアさんのボートの後ろについていく。
無駄のない動きは見ていて胸がすく思いがした。
ミーティング
松山、重、アリーシアさんが、ホワイトボードを背に選手に向き合って座り、選手は3人掛けの名が机が左右に2列、前後に10列並んだへやでゆったりと座る状態で始まった。
練習中に気付いたことを実に丁寧にきめ細かく話すことから始まる。選手の一人ひとりに対して話すことができるのはコーチボートの上でメモを的確にとっているからだ。潮をかぶってしわになったメモ用紙をもとに、松山氏の話が始まると、たちまちのうちにミーティングルームに海上が出現する。本人が忘れていることでも松山氏のメモは見逃しはしない。
松山氏のコーチボートに一緒に乗っていて驚いたことがある。フォローザリーダーをしているときだ。
セーラーはコーチボートからの指示通りにセーリングをしてついてくる。「2艇身!」間隔をジャスト2艇身に。「720度!右回り ピーッ(笛)」 次々と回りはじめるセーラーたち。反応が遅い選手、回転は速いが艇速がついてこない選手、ベアーに時間がかかりすぎる選手、さまざまな選手がいる。
「左回り!ピーッ」コーチボートは休みなく走り、「タック!ピーッ」「ベアー!ピーッ」と指示がとぶ。
徹底して基本動作を繰り返す練習に、私は目からうろこが落ちる思いであった。
と同時に不思議なことを目撃した。
それは、「720度!右回り!セールの出し入れだ!」とメガホンで言って「ピーッ!」と笛を吹く一連の動作の時である。
ゴムボートにまたいで座り、ハンドルを操縦しながら右手をメガホンに伸ばして口元にもってき、「720度!右回り!セールの出し入れだ!」と叫んだあと、間髪をいれずに笛が「ピーッ」と鳴る。「~~出し入れだ!」の「だ」が終わらないうちに笛の音が聞こえるのである。
「~~出し入れだぞ」と言ったとしたら「だぞ」と続くくらいの短い時間で、「だ」の次に「ピーッ」と笛が吹かれるのである。
その時私はバイクの後部座席に相乗りする格好で松山氏の後ろにいた。後ろで見ていると、ハンドルの下においたバインダーを手早く取り出してはバインダーに挟んだぼーるぺんをにぎり、メモを書き込んでいる。ミーティングの的確な指摘はここから来るのかと納得しつつ、その大きな松山氏の背中が邪魔だったが、分からないのはなぜあんなに速く笛が吹けるのかということであった。
注意深く見ていても、右手を伸ばしてメガホンを持つ後ろ姿が見えるが、それを置いて、笛を持ち、口に当てて笛を吹く、という動作が見えないのである。その動作が抜けているのである。
私はてっきり、特殊な笛を口の中に含んでいて、しゃべればすぐに笛が吹けるようになっているにちがいないと思った。
だから、後ろからそうーっと首を伸ばして松山氏の横顔の口元のあたりを覗いて見た。だが、頬がふくれている気配はなかった。そんなことも知らずに松山氏は、「だんだんよくなっていますね」と後ろの私に話しかけた。舌は普通に回っていた。
どういう仕掛けがあったのか、そのカラクリを知りたいでしょう。しかし、よろしいか、残念だがそれはここに書けない。
・・・・ とは言え、ご希望とあらば次のレポでお教えしなければなりますまい。
ミーティング
【松山氏】
1 海面に出てくる君たちの船を見ているとセールの出し具合がまちまちだ
風をながしていないということだ
2 レース中の上 → サイドの帆走 セールの出し方が上位を走る1位の選手、2位の選手の間
でも違っていた
中風、軽風、微風がポイントとなる この風のときこそ セールの出し入れが重要
タダじーっとして あ、負けたではダメ
3 体重のせいにして走らないという選手がいるが 体重のせいにするのは最後の最後だ
4 「器用さ」「要領」「人のまね」は どんなスポーツでも大切である
5 世界のトップの選手と海上ですれ違って その時の一瞬のあいだに あ、ここだ、あ、なるほど
と 見抜くことが必要なことがある
6 目で見る 目で見てどんなことかと判断することが大切である
7 常に自分より上の人がいると思って 人から学べ ワールドで優勝しても その翌日から自分
より 前を走る選手がいるものだ
8 風がないときどうするか? と 選手に質問
「セールをよく見て走らせる
「船を動かさずにふらっとに
「動かないようにする」
「少しセールを出し気味にしてスピードをつける」
がまんする体力が必要だ 頭脳は動かして 身体はジーとしておく
9 ”スターボ―艇がポート艇のすぐ下でタックして衝突をさけたケース”
スターボ―艇はだれだった?→ はい私
ポート艇はだれだった? → はい僕
スターボ―艇は スターボ―と言ったか? → 言いました
聞こえたか? → 聞こえなかった
大きな声を出すこと 相手がこっちを見るとか 相手の動作があるようにスターボ―の声を
出すこと
10 フリーで 風上へのぼろうと 2回ラフィングしかけた しかし、その時メインを合わせていない
舵だけ切っている
11 フリー バングを効かしているのといないのとでは 大きな差が出る
うねりに対してメインの出し入れをしていない
12 スタート 船を止める技術が大切 止める練習をしてほしい
13 下をみながらメインシートを引き込んでいる → セールを見ていない
14 セーリングで一番大切なことは何だ?
それは → 「速く走らせる」ことだ
そのためには → 「トレーニング」「トリム」「風」「自分」 が 大きく関わる
「自分」には雑念、固定観念等いろんなものがある 体重が重いからだとか 身体が小さい
からだとか
そんな雑念や固定観念に 凝り固まらないで 素直になれ、 人の話を聞くことが大切だ
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