2020年9月8日火曜日

天王寺中学9組 「日記」 榎原慎之助先生の筆跡

 

榎原先生 美的な筆跡(左頁) 10月3日(月)晴
月曜日には「道徳」の時間があり、榎原先生が9組の教室で一時間話してくれた。榎原先生は専門が美術なので、ふだんは美術準備室にいる。だから授業のために教室に入ってくることは少なく、長身の先生が姿をあらわす日は僕たちにとって特別な日だった。
 ガラガラと大きな音をたてて扉を引き開け、ガシャンとまた大きな音をたてて扉を閉める。音は廊下を伝わって二つ三つ向こうの教室にも聞こえていた。どの教室も「道徳」だから大きな音は迷惑なはずだったのに、榎原先生は平気で大きな音を立て教室に入って来た。僕たちにとって緊張の瞬間だった。
 英語や数学、国語などの先生は、チョークを持ち、辞書を手に、そして出席簿をかかえて入ってくるのに、榎原先生はいつも手ぶらだった。ジロッと見わたされるだけで、僕たちは背筋を伸ばした。
 榎原先生の言葉はいつも難しく謎めいて哲学的だった。荒々しい声がよけい僕たちを
迷わせた。

 日記の到る所に榎原先生のことが書かれている。ぼくにとって10月3日の「道徳」について書いた日記は、忘れることができない思い出となっている。
 ぼくが榎原先生の「道徳」の感想を日記に書いたところ、榎原先生は、青インクの万年筆で所見を書き込んでくれたからだ。
 榎原先生が使う万年筆は、忘れもしない、胡瓜と同じくらい太いもので、軽くにぎるだけで書くのを見た。つまり、万年筆の重さを手にもたせかけたまま、紙の上をすべらすだけで書くのだ。

榎原先生の万年筆で書かれた所見:
「うれしいことをいってくれる 俺はそういう人になりたいとも思い そうとも思わぬ
 やはりおれはおれである ほんもののおれになりたく いよいよ勉強です
 まだまだ しかし いつかわ何かをつかもうと 努力しよう
 君も」

ぼくが書いた道徳の時間の日記:
「僕は毎週月曜日の道徳の時間が好きになっている。
 榎原先生の話を聞く時は、みんなし~んとして、ちゃんと座っている。
 きゅうくつな感じがするけれども、僕の気持とみんなの気持が、一緒みたいに思え
 たのもしい気もする。
 今日は「習は性を生じる」ということを教わった。「体教」「自力本願」ということばも 出て来た。
 先生はお経というものが好きらしい。僕は好きではないけれども、興味はある。
 僕は先生を「沢庵和尚」「本阿弥光悦」「柳生石舟斎」「愚堂和尚」「柳生但馬守」等
 色々の人と思っている。」

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榎原先生の筆跡 宿題を出された 11月6日(日)晴
榎原先生の筆跡:
 「○ 色々と考えてみること
  ○ そして それを考えなおしてみる 何とおりにも
  ○ それは 書いてみること 書いてみて これを読んだ人は 自分の感動を
   実感として そのまゝ 受けとってくれるだろうか わかってくれるだろうか」
 「宿題
  ○ “考えることはよい でも考えにおぼれてはいけない” について

11月6日のぼくの日記:
 「今日10時に上六へ集まり臨時特急へ乗った。八戸ノ里から花園あたりへくると、
  白浜のように空気がすんでいた。僕は大変気持がよかった。
  僕はあやめ池は京都の方にあると思っていたけれども、近鉄奈良線だった。
  奈良へ着くと大変な人出で混雑していた。僕等は先に正倉院展へ行った。
  約百点の品々は、奈良天平文化時代の物で、710年から760年ぐらいの物だった。
  税金、納状、の字などは今のと変わりがなかった。今から1200年前の字が、今と
  同じだと思うと、変な気がした。
  そこから若草山へ行った。そうして弁当を食べて遊んだ。
  今日一日はまったく気の晴れ晴れとした、いい日だった」

榎原先生はぼくに釘をさした。


11月20日

11月22日

11月30日

12月3日

7月4日

天王寺中学9組 日記 「白鳥会」

 

「読書会を作れへんか」と言い出したのは時田だった。
  家へ帰ってすぐ辻本君と時田君の家へ行った。そうしていろいろ話し合った。
  というのは、今日同じバスで帰った時、辻本は本に対して読む意欲がわいて来たらし
  かったので、岩波文庫の会へ入るようにすすめたら、「入る」と言った。
  それがきっかけで本の話をしていると、時田が「僕等で読書会作れへんか」と言い出した。
  僕も同じような事を考えていたので、すぐ決まった。その会を「白鳥会と命名しよう」と、僕が言った。
  白鳥会というのは『次郎物語』の次郎達の会の名をとったのである。(9月21日)

金井の感想 11月12日(土)晴後曇
僕等白鳥会は、今日、僕の家で開いた。本は「恩讐の彼方に」という菊池寛の作品である。
  僕はこの本は小学校の時からあらすじなどは知っていた。
  白鳥会は、金井君と井上君を入れて五人でやった。金井君はこの会の感想として
  「冗談半分に笑いながらふだけた態度でやると思ったけれど、久保君も時田君も
   けじめをつけて、始まると同時に態度がかわった」
  と言って感心していた。
  今日は大変長時間(三時間)に渡って話し合いをした。こんどからは、記録するため
  と、知識を深めるために、「新聞」をつくって、わら半紙に個人の感想、意見、を書き、発行することになった。
「あすなろ物語」をまだ読んでいない 11月18日(金)曇後雨
僕は白鳥会で決めた本「あすなろ物語」をまだ読んでいない。だから、今日責められた。
 これで一つ僕の信用は落ちた。(11月18日)

発行する「新聞」について話合った 11月19日(土)曇
今日時田君の家で白鳥会をすることになっていたので、僕は二時頃自転車で行った。
 するとおばちゃんが出て来て、まだ帰ってないらしかった。また来ますと言って、
 布施へ「あすなろ物語」を買いに行って戻った。
 時田君は帰っていた。金井君と僕は途中で会ったので一緒だった。井上君と辻本君はまだ来ていなかった。
 僕は本を全然読んでいなかったので、発言はしなかった。僕が発言しないためか、
 会ははかどらなかった。というのは、
 いつも僕と時田君とばっかりがしゃべって、金井君が入って来てからは少し変化があったが、今日はあまり活発ではなかった。
 僕たちはその後発行する「新聞」について話し合った。)(11月19日(土))

 今日は前回の白鳥会の続きを、井上の所でした。井上の所と言うのは、彼のおばあちゃんの家がある、浜寺で、そこは家が大変広く、静かで、古風な、美しい感じだった。
 白鳥会は「あすなろ物語」である。みんな、真面目に活発に意見を出し合ったが、
 みかんやお菓子を出してくれるし、庭のはたなので、ちょっと休む時間のはずが、
 自然に長くなってしまった。
 「白鳥会ノート」には詳しく内容が書かれてある。まずまずの運営であった。
 その休み時間、時田君と二人で、どっちも未熟な(しかしその時は、いかにも
 相手の事を知っているらしくして)考えの浅い議論を戦わせた。

白鳥会 名簿 会費20円
この名簿を見ると、白鳥会は、最初は、辻本、井上、時田、久保の4名で、
その後、金井が加わったようだ。
会費20円、合計100円の資金で、新聞を出すつもりだった、もよう。

[白鳥会で読んだもの]
 真実一路
 黒猫
 黄金虫
 宮本武蔵
 次郎物語
 恩讐の彼方に
 ビルマの竪琴
 人生劇場
 あすなろ物語

天王寺中学9組 日記帳 見つかる 1960.5.12-1960.12.18

 

天中9組 毎日書かされた日記帳

2年9組 1960年昭和35年
天王寺中学2年生の時、クラス全員に向かって、榎原先生が言った。
「おまえら日記を書いてだせ」
配られた日記帳がこれ
『ホームルームハンドブック』発行所:中学生の友社 代表者:鈴木勝雄 電話:天王寺77ー9436 大阪市天王寺区真法印町70 昭和35年4月1日発行 定価100円
全279頁の日記帳に書き始めたのは、1960(昭和35)年5月12日(木)快晴からで、書き尽くして余白がなくなったのは、同年12月18日晴だった。
わたしは余白がなくなるまで、7カ月かかったが、クラスで一番早く、書きおえたのは、森田めりいさん、だった。
11月17日(木)曇後雨の日記に
 「ホームルームと時、森田さんは「日記帳がもう後一日分しかありません」と言った。
  ほんとうにすごい。というよりも、きちきちと一日も抜かさず、そして毎日僕たちの
  二倍も三倍も書いたとは、すごい」
と書いてあった。

  きのう僕等の班では日記を集めた。その中で、森田さんのは、すごかった。
  もう3月の頁に入っていたからだ。僕は森田が最高だと思った。
  その内容をどんなんかな、と思って見ると、なかなか、ぱっぱっと思ったことを
  ハッキリと、うまくまとめて、字も美しく書いていた。
  その日記を見て、話せるやつやなあと思い、好感を持った。
  今まででも僕等の「白鳥会」の事で聞きに来たり、そのノートを見せてやったりした
  ことがあった。(11月15日)

「白鳥会」という読書クラブを結成したことも書かれていた。会費は20円。会員は、時田勇二、辻本泰士、金井漢一、井上毅一郎、久保卓哉の、5人から始まったことがわかる。
榎原慎之助先生が何を言ったか、松原元子先生が何を言ったか、詳しく書かれていた。
時田、世良、北本、田中勝智、酒屋、滝本、二宮、中原、金山、川口、川口、別所、村田、辻本、上場、名合、井原、たちと、遊んだことが、話したことが、なぐられたことが、書かれていた。

多田真規子 熊野古道より絵葉書 昭和63年1月7日

 

拝啓 年明け早々宿願だった 熊野三山詣を実現することができ
非常に嬉しいです。
田辺から中辺路を通って本宮に到る熊野古道を
丸二日かけて歩き通し 今日無事本宮に参拝しました。
古道は修験者の道らしく険しく長く途中何度も転んだのと
雨が降ったのと 泥だらけ汗まみれになりながら
耐えに耐えて歩きました。
着いた時はとにかく胸がいっぱいでした。
今、川湯温泉にいて初めて混浴の露天風呂というのに入りまして
二日間の疲れをいやしました。
おもしろいし最高ですね。
熊野の人は皆親切で私は何もしていないのに
「それは御苦労じゃったの。御苦労じゃったの」と何度も
言ってくれるし、いろいろとお世話になりました。
これから新宮、那智、白浜をまわって帰って論文の仕上げをします。
かしこ
多田真規子 熊野路にて

covid-19 コロナウイルス ベルギーヨット界 9月5-6日 レース中止発表 part3

 

8月14日 21:23
 
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9月5,6日『United 4 Sailing in Workum』キャンセル通知
COVID-19ウイルスによりヨットレースの開催は大きく影響されています。
4月と5月の大会を中止せざるをえなかった上に、『オランダユースレガッタ』も中止となったために、9月にWorkumとMedemblikで開催されるイベント中に『Openダッチチャンピオンシップ』を開催する可能性を検討してきました。
国の「オランダウォータースポーツ協会」から開催の許可を得ることができていたのですが、この期間中にCOVID-19に関するルールが一段と明確になってきました。
WorkumとMedemblikの両方の自治体は、イベント開催を受け入れてくれたのですが、実行するうえでいくつかの問題に直面しています。
この大会では、地元のセーリングクラブのホスピタリティを頼りにしているのですが、十分なボランティアを見つけることができなかったために、地元は完全な協力を取りやめました。
この異常なパンデミック(世界的疫禍)のもと、地元からの協力の撤回はやむを得ないと、彼らの懸念を理解することができます。
レース艇種の各組織に確認した後、2020年9月5日と6日のWorkumでのレースをキャンセルすることにしました。
なお、2020年9月26日と27日に、Medemblikにおいて『United 4』を開催することを目指しています。
登録料は、登録システムを通じて、支払いが行われたアカウントに全額返金されます。これには時間がかかる場合があります。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。
Board Stichting United 4セーリング
The COVID-19 virus has given us some challenges already this sailing season. After we had to cancel both events in April and May, we’ve been looking at the possibilities to organise the events in September. And because the Dutch Youth Regatta also has been cancelled, we’ve looked into possibilities to organise the Open Dutch Championships during the events in Workum and Medemblik this September. The Dutch Watersport Federation has given permission to set this up. During the planning, more and more of the possibilities and rules for events during COVID-19 were getting more clear.
For both events in Workum and Medemblik, we’ve applied for permits and submitted our plans. Both municipalities reacted positively, but now we’re facing some problems for the event in Workum. For this event we depend on the hospitality of the local sailing club, but now they’ve withdrawn their full cooperation, partly because they couldn’t find enough volunteers to help out in the organisation. The withdrawal of their cooperation is justifiable by this exceptional pandemic, we can only support their decision and understand their concerns.
After checking with the several class organisations, we’ve decided to cancel the event in Workum on the 5th and 6th of September 2020.
We’re still aiming to organise the United 4 in Medemblik on 26 and 27 September 2020. You can register for this event via this link.
The registration fee will be fully refunded through the registration system to the account from which payment was made. This can take some time.

covid-19 コロナウイルス ベルギーヨット界 レース中止発表 part2

 

Laser Group Belgium

To our regret we have to cancel our event in August.The very demanding circumstances in Ostend during the touristic season with a combined use of a popular beach and boulevard in combination with the very strong increase of the virus in Belgium makes it impossible to execute a safe event for competitors and others involved including the general public health.

残念なことに、8月のレースをキャンセルせざるを得ません。

観光シーズンのOstendでは、人気のあるビーチと並木通りに人があふれるという

非常に厳しい状況がある上に、今もなおベルギーでウイルスが増加していることを考える

と、選手および参加者を巻き込み、ひろく公衆衛生にも影響を及ぼすことになるために、

安全なレースを実施することができなくなりました。

covid-19 コロナウイルス ベルギーヨット界 レース告知 part1

 

レーザーeuroカップ ostend Belguim」 Notice of race 

(日程:2020年8月28~30日)

 レースを開催するにあたり、コロナウイルス記述の第一頁は次のとおり。

 コロナウイルス病(Covid-19)の発生により、このイベントには、参加者の健康を保護するために、ルールを追加します。

 私たちヨットクラブとレースオフィスは、この大会を素晴らしいイベントにするために、あらゆることをしますが、これは参加者を含めて、尊重しあい、協力しあい、そして相互に責任をもつことによってのみ、可能です。

 観光シーズンのOstendでは、人気のあるビーチと大通りは混雑しますが、駐車に関してヨットクラブとボランティアにより決められているガイドラインを遵守して下さい。

ビーチと駐車場との間の移動と、水ホースの使用は特に重要になります。

 Ostend市の市長は、この大会が開催されることは素晴らしく名誉なことで、参加する選手と観光客に敬意を表すると表明してくれています。

 大会中の、手指の衛生、社会的距離、フェイスマスクに注意して下さい。

 このnotice of raceに書かれたことへの違反は、ヨット競技の違反と同じく、プロテスト委員会の裁量により、失格となる場合があります。この判断を不服とする選手は、抗議のための根拠とすることはできません。